二宮飛鳥「偶像失格」

二宮飛鳥「偶像失格」

4: ◆qxBBChDFiZDW 2018/02/05(月) 14:55:33.59 ID:iVjUVXCN0

頭の中では繰り返し、あの日のことがリフレインされる。

✻✻✻✻

その日の深夜、ボクは星を見るために門限の過ぎた女子寮をこっそりと抜け出した。

本当にただ星を見るだけなら部屋のベランダからでも夜空を堪能すればよいのだが、ボクはしばしば寮監の目を盗み、近場の公園まで出向いては、そのささやかな背徳を愉しんでいた。

いつも夜の遅い時間に抜け出すため、大抵、公園も公園に至るまでの道中にも人気はなく、寮から公園までの少しの間、イヤホンを着けて馴染みのラジオを聞きながら歩くのが習慣だった。

その日もまた、同じようにしてラジオを聞きながらいつもの夜道を辿った。

綺麗な星空だった。空気も澄んで、いつにも増して夜風が心地よかったように思う。

事が起きたのは、――その時だった。

不意に視界が乱れ、側頭部に強烈な鈍痛が響いた。

殴られた、そう直感したときにはもう何もかもが遅かった。

ぐるぐると視界は動転し、全身の力がぬけ、体は地面に打ち付けられた。

ボクを背後から襲った男は、まずボクの懐をまさぐり、スマホ等の持ち物をその場に投げ捨てた。

そして、地を這って動けなくなっているボクをどこかの路地裏のような場所まで引きずっていき、またいくらかの殴打を加えた。

ボクは辛うじて残っていた意識で、必死にこの場から逃れる方法を考えた。

自分がどこへ引きずられていったのかもよく分からない状態だったが、さほど元の道から離れていないはずだった。

通りがかりの誰かに気づいてもらえさえすれば、通報なりなんなりしてもらえれば、きっとこれ以上悪いようには――

とにかく、ボクは精一杯声を振り絞って助けを呼ぼうとした。

「だれかたすけ――」

そう声を出すやいなや、男はボクの首を押さえつけ、みぞおちを強く殴りつけた。

「声ださないでよ、なあ?」

男は抑えながらも異様に上気した声色で、そう脅し掛けてきた。

みぞおちを突かれた激しい痛み、せりあがってくる吐き気。こらえることもできず、嘔吐した。

男の興奮のしようは常軌を逸していた。
手から伝わる体温は高く、奇妙なほどの発汗。鼻をつく独特な甘い体臭。
明らかに、常人のそれではないことがわかった。

口の中は胃液に塗れ、体をよじるたびに殴られた痛みが蘇ってくる。

もはや抵抗する気はわかず、その後、永遠とも思えるような長い時間にわたって、ボクは男のされるがままとなった。

……その間、ボクの意識は現実世界と分離して、どこか遠いところにあったような気がする。

信じがたいような惨劇を目の当たりにしながら、遠いところでずっと、ボクに起こったこの出来事を事務所のみんなやファンが知ったらどう思うのか、考えていた。

公になれば事件になって、メディアに報道されたりするだろうか。

そしたら、同僚のアイドル達にたくさん迷惑をかけてしまうのかな。

プロデューサーも大変だろうな。

ボクは悲劇の偶像に成り下がる。セカイは悲劇を求めない。

求められることのないボクはもうきっと――。

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