確かにスイカップ!!!元NHKキャスター「第2のスイカップ」と呼ばれた30代でオファーを断ったグラビア、なぜ40代で決断したのか、肩掛けの謎も明かす
確かにスイカップ!!!元NHKキャスター「第2のスイカップ」と呼ばれた30代でオファーを断ったグラビア、なぜ40代で決断したのか、肩掛けの謎も明かす
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元NHK沖縄放送局キャスターで、ラジオ沖縄の竹中知華アナウンサーが中日スポーツのインタビューに応じ、デジタル写真集をきっかけにした昨年のブレークや今後の挑戦について明かした。44歳の過去、現在、未来を2回に分けて紹介。【上】では、30代で断っていたグラビアになぜ40代で挑戦したのか。斜めがけカバンの理由、スタイル維持の秘話などを語った。
昨年11月に発売されたデジタル写真集「MOMOKA」(集英社)が話題となり、今年1月には第2弾の写真集「This is TOMOKA」も好調だ。
―1月19日に誕生日。44歳の”トモカの公約”は
「触れ合えていない人たちと触れ合いたいかも。東京でイベントをやる計画もあるので、今まで顔を見ることができなかった人や支えてくれた人たちに会うチャンスをいただけているので、そういう人たちに会いたい」
―昨年のブレークを振り返って
「激動でした(笑)。グラビアをやったのも、とても大きくて。昨年は『普段は絶対にやらない変なことをやる1年にしよう』と目標を立てていて。(ラジオ番組『華華天国』から生まれた)写真集付きCD『MOTOKARA TOMOKA(モトカラトモカ)』をきっかけに集英社さんから声をかけてもらって、さらにリスナーさんに後押ししてもらってグラビアに挑戦して。見えていない、応援してくれている人がいるんだと気づけた1年でした」
―以前にもグラビアのオファーはあったとか
「NHK沖縄放送局でキャスターをしていた時、週刊誌で『第2のスイカップがいるぞ』みたいに取り上げられました。朝のニュースを読んでいたころですね。その後フリーになった(30代の)ころ、グラビアのオファーがありました。でも挑戦しなかったんですね。自信がなかったんです。でも、ラジオ沖縄に入社して自分の仕事を積み重ねてきて、沖縄で長い時間仕事をしてきて40代になって。リスクを含めて自分が考えて納得した判断ができるようになったのが今だったのかなと」
―昨年発売のデジタル写真集。ご両親の反応は
「私もすごく心配していて。母はどちらかというと固いタイプで。ただ、radiko(ラジコ)で私のラジオを聞いてくれていて、私がリスナーさんに相談しているのも聴いていて。だから連絡をした時に『見たよ、買ったよ』って言われて。何か言われるかと思って私から先に『きれいだったでしょ』って言ったら『きれいだった』って。受け入れてもらえたんだなと思いました。『伯父が欲しがっているから送ってもらえないか』とかも言われて。今は喜んでくれています」
―素顔の自分は
「ズボラです。本当にズボラで。肩掛けのポシェットをさげているのを『(胸を)強調しているんじゃないか』と言われるんですけど、そうじゃなくて。本当にズボラだから携帯とか鍵とか財布とか忘れ物をしないようにまとめて、ここに入れておかないとなくしちゃうんですよ。だからずっとしていて。でも、すごく言われるから、逆に外せないなって笑」
―スタイル維持の秘訣(ひけつ)は
「えっと、スタイル維持はされてなくってですね笑。自然体で生きてきました。なので、集英社さんから声をかけてもらって初めてダイエットしました。胸が恥ずかしいとかよりも、おなかが出ていることが大きな問題だったんです。40代以降は体重じゃなくて体形です。仕事にも影響するので食事制限とか無理なことはしたくなかったので、会社帰りに『チョコザップ』に寄って運動しました」
―今後もグラビアや写真集は
「グラビアの世界に足を踏み入れさせていただいたことはプラスだったし、感謝しています。もっと深く知りたいと思いました。自分のキャリアを真剣に考え、続けるかどうかも含めて、客観的に自分を見て、考えて決めていきたいです」
竹中知華(たけなか・ともか) 1982年1月19日生まれ。広島県呉市出身。44歳。血液型はO型。青森朝日放送アナウンサー、岩手朝日テレビリポーター、NHK沖縄放送局キャスター、フリーアナウンサーを経て、2017年10月からラジオ沖縄アナウンサー。現在、ラジオ沖縄の人気番組「華華天国」のメインパーソナリティーを務める。昨年、集英社「週刊プレイボーイ」誌上で水着グラビアデビュー。デジタル写真集「TOMOKA」も話題になった。




