淀屋常安 資産
淀屋常安 資産
江戸時代の初代・淀屋常安(よどやじょうあん)に始まる大坂の豪商「淀屋」の総資産は、現代の貨幣価値に換算すると約100兆円から200兆円にのぼると言われています。5代目淀屋辰五郎の時代に幕府から闕所(財産没収)処分を受けた際の記録などを基にした、淀屋の主な資産の内訳と詳細は以下の通りです。主な資産の内訳金銀:金12万両、銀12万5,000貫土地・邸宅:大坂・北浜に約2万坪の土地、その他各地に広大な田畑(約400町歩)建物:家屋1万坪、米蔵730棟船舶:千石船 150隻美術・その他の財宝:膨大な三井寺の什器、材木2,000貫、その他多数の茶道具や書画大名貸(債権):諸大名へ貸し付けていた金額は銀1億貫(現在の価値で約2兆〜3兆円規模)とも言われ、事実上回収不能となっていました。資産を築いた背景中之島の開拓とインフラ整備初代・淀屋常安は大坂の陣の後に焼け野原となった大坂の復興事業に携わり、中之島の開拓を行いました。自身の私財を投じて架けたのが、現在の大阪の主要地として名高い「淀屋橋」です。天下の台所の主導権(米市)淀屋の店頭で始まった米の取引が、のちに世界初の先物取引市場とされる「堂島米市場」の原型となりました。全国から大坂に集まる米の流通を一手に握ることで、莫大な富を蓄積しました。淀屋のあまりの財力は武家社会を脅かすほどになり、1705年に「町人の分限(身分)を超えて贅沢である」という名目で幕府に目を付けられ、すべての資産を取り上げられる結果となりました。


